ちょっと休眠状態だった居場所支援事業がリニューアルしました。
その名も「地域探検隊」
学校ではできないワクワク体験を提供していきます。

最初のプログラムは「公共交通機関を使いこなそう」です。
自分たちで行きたい場所を決め、計画を立てて、公共交通機関を使って出掛けます。
対象は中学生以上。
ただ今参加者募集中です。

詳細はぱーむぼいす事務局までお問い合わせください。
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~機関紙「よってかっしゃい」27号から~

平成28年度長野県元気づくり支援金事業
「社会的自立に困難さを持った子ども・若者の自立をはぐくむ教育相談室開設プロジェクト」報告

 利用者の人数増加や多様性に伴い、飯山教室ではスペースが不足気味になっていました。そこで相談や休養ができる教育相談室の整備を「長野県元気づくり支援金」の応援をいただいて実施しました。

 今まで雨漏りなどで使えなかった空きスペースを利用し、昨年から子どもたちが地域の専門家の協力を得ながら内装工事に取り組んできました。地域の方と交流しながら自分たちの居場所を自分たちの手でつくるという活動を通して、就労に必要な基礎的な力(職業理解、自己理解、社会性、協調性)がつき、自立的精神が養われたと思います。とかく社会経験が乏しくなりがちな彼らにとってこの実習活動は、将来の進路選択や就業意欲にも必ず良い影響を与えるはずです。

 教育相談室は、各種心理療法を受けたり、休養したり、また静かに相談できる場として利用されます。今回のプロジェクトは、社会的自立を目指す上での職業理解のよい機会となりました。ご協力いただいた長野県、北信地方事務所、地域の皆様に感謝申し上げ、ご報告といたします。(池田)

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作業風景。寒い中、黙々と作業を進めます。
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# by gaku-taku | 2017-03-27 08:23 | 機関紙
~機関紙「よってかっしゃい」27号から~
居場所支援を利用したT君の軌跡
③母の思い(2017年2月)
 今思い返しても、息子が高校へ行けなくなった頃が親子共々一番苦しい時期でした。それがぱーむぼいすに出会ってから、少しずつ暗い部屋から明るい外へと踏み出していけたように思います。

 マイペースながらも長野の通信制高校を卒業した息子は、専門学校へと進みました。専門学校では友達もでき、クラスのムードメーカーとして充実した学生生活を送ることができました。そこで取得した資格を元に就職し、今は県外でひとり暮らしをし、仕事をしています。

 ぱーむぼいすの支援は子どもだけではありません。親に対しての相談はもちろん、同じ悩みを持つ親同士の交流(おやけん)、親子での活動やイベントへの参加など、数多くありました。

 そんな活動の中で他の参加者から、親としての思いや苦労、工夫など、さまざまな情報をもらうことができました。どんな時でもいくつもの選択肢がある。ひとりでは知り得ない情報が心強く、その度に相談しながら考えました。簡単ではなかったからこそ、今は働く息子の姿が嬉しくて仕方ありません。
 あの夏から6年が過ぎました。

T君の略歴
 2011公立高校入学も2学期から不登校
   ぱーむぼいすの居場所支援に参加
   通信制高校へ転入
 2014高校卒業 専門学校へ進学
 2016専門学校卒業 就職(ひとり暮らし)

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2013年夏 みんなで畑作業中

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2012年夏 親子で流しそうめん
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# by gaku-taku | 2017-03-21 10:06 | 機関紙
~機関紙「よってかっしゃい」27号から~

居場所支援を利用したT君の軌跡
②T君の思い(2012年6月)
 私の1日は朝7時から始まる。8時までに学校へ行き、真面目に授業を受け、午後には部活に打ち込む。そうした平凡な毎日を送っていた…はずだった。どれほどの時間が経ったのだろう。私は毎日が孤独であった。その生活は嫌ではなかった。むしろ、この現実を「幸せ」と受け止めていた己がいたのである。

 思い返すと、高校受験というものはストレスの塊だった。進路で友だちと決別することに悩み、親父の入院、自分自身の体調不良…もう限界だった。高校へ入学して、中学と違った環境に全く慣れなかった。何もかもが嫌だった。半年も経たないうちに学校を休むようになった。

 毎日先生から電話がかかってくるが、それすら雑音になっていた。家で読書やゲームをして、ただただ1日が過ぎるのを待っていただけである。私自身もこんな生活は限界だった。しかし、それを変えるきっかけもなく、ただ寂寞たる思いを抱えていた。

 ぱーむぼいすとの出会いは母の紹介であった。「話だけでも聞いてみないか?」と言われ、不安ではあったが話くらいならよいかと、行ってみることにした。初対面で緊張していた私だが、理事長と清水さんにこれまでに心の中にあった全てのことを伝えることができた。彼らは迷っていた私に進む「道」を与えてくれた。それが一番嬉しかったのである。

 何もやることがなく、家でごろごろして過ごしていた私に、里芋掘りの仕事を与えてくれ、週3日畑に通ったこともあった。高校も長野の通信制高校へ転入した。
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 私は毎週土曜日にぱーむぼいすに来ている。私と同じように、毎週ここに通う仲間がいる。その仲間たちと農作業や雪掘り、昼食作りなどいろいろな体験をして楽しく過ごしている。
 こういう体験は今までの生活をしていたらできなかったことだ。今はとても充実している。

その3に続きます。
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# by gaku-taku | 2017-03-14 09:15 | 機関紙
~機関紙「よってかっしゃい」27号から~

当法人では設立当初より、学校生活を送ることが困難な児童生徒が過ごす居場所を提供する活動を続けてきました。
今回は実際に居場所支援を受け、今は自立した生活を送っているT君の軌跡を紹介します。

居場所支援を利用したT君の軌跡
①母の思い(2011年12月)
 高校1年生の2学期が始まったと同時に、息子は学校へ行かなくなりました。理由も分からず月日が流れていくばかりで、無理矢理車に乗せ学校へと向かう途中、吐き気を訴えるなど身体にも異変が現れてきました。親子共ただ追い詰められていくだけの日々でした。本当に、本当に苦しかった。
 そんな中、新聞の記事でぱーむぼいすの存在を知りました。「待たせません」のモットーのとおり、連絡をしてすぐに清水さんに会って相談ができました。「一緒に考えていきましょう」の清水さんの一言が本当に嬉しかったです。追い詰められていた私たち親子がぱーむぼいすに繋がった日です。

 ですが、息子がずっと抱えてきた悩みや苦しみを知り、それを理解しそのまま受け止めるということは、思った以上に大変なことでした。時にはぶつかり合い、泣きました。でも、私自身の意識を全て変える必要があることも分かってきました。
 居場所支援を通じて知り合った仲間やその家族、大らかな理事長、ユーモアがあって褒め上手な清水さん、そんな方々のお陰で息子は動きだし、通信制高校へ転学しました。

 居場所支援の月1回の親と子の会で、息子はいつも調理担当です。少しずつ包丁さばきも様になってきて、またそれをみんなが褒めてくれるので、満更でもない様子です。
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 今日は夕ご飯の支度を手伝ってくれました。となりに並んで調理する息子に
「ぱーむぼいすはどう?」と聞くと
「そんなの僕を見ていればわかるでしょ」と照れながら「充実しているかな」と一言。
笑顔が増えた息子と、これからもゆっくり進んでいこうと思っています。

その2 「T君の思い」へつづく
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# by gaku-taku | 2017-03-07 08:55 | 機関紙